教員のエッセイ
「1期生を迎えての期待(1)」
新入生に向けて
クラス担任として
この学部は、神戸大学と神戸商船大学との統合により、神戸大学の11番目の学部として誕生しましたが、そもそも、日本の大学の歴史は統合の歴史です。帝国大学(今の東大)は、1886年、文部省管轄の開成学校(文学部、理学部)と医学校、司法省の法学校、工務省の工学校、農商務省の農学校の統合により誕生したといわれています。このような統合は、京都大学、大阪大学そして神戸大学においても、幾度となく統合が行われ、総合大学が形成されてきました。ですから、統合それ自体は、それほど珍しいことではありません。
本学部の母体となりましたのは、神戸商船大学という単科大学でした。過去形でいうのは、まだつい先日までありましたので、まだ生々しいのですが。神戸商船大学のように、ひとつの学部しかない大学のことを「単科大学」といいます。
これに対して、神戸大学のように多くの学部を擁する大学を「総合大学」といいます。
単科大学のいい面は、ともかくこじんまりしているということ、教員と職員と学生がいったいとして和気藹々としていること。見通しがいいことです。しかし、限界もあります。馴れ合いになってしまいがちで、視野が狭くなりがちであること。高校の延長のような気分になりがちであることです。統合の一番のメリットは、幅広い視野のように思います。そしてそのことを身をもって感じられるのは、皆さん方、新入生です。
ですから、私たち教員は、この新しい学部の新入生である皆さんに期待しています。皆さん方は、六甲キャンパスで、他学部の学生、教職員との授業や課外活動において幅広い交流の機会を持つことでしょう。その中から幅広い視野を持っていただきたいと思います。現在は学問の世界でもボーダーレスの時代です。
次に高校との違いですが、先生のことを申します。まず、先生は研究をしていますし、研究室におります。もちろん、高校の先生方も研究されておられるのですが、基本的に、私たち大学の教員は、研究についていろいろと評価を受けます。
私たち、海事科学部は、理工系として大学院では理学部、工学部、農学部とともに自然科学研究科を構成しています。本来、海事科学部は、理工系に属しておりますが、いわゆる、高校までの勉強で捉えられた理科とは、ひとくくりにできないものも、海事科学部の中の研究や教育の中にあります。高校では、理科として、物理、化学、生物、地学などを勉強しました。また社会科では、歴史や地理、倫理社会や経済などを勉強したはずです。
でも、理科の科目と社会の科目の間には、実はいろいろな境界領域があります。先にボーダーレスの時代だといいましたが、理科と社会の間にこのような領域が広がっています。
たとえば、交通計画の分野、都市計画の分野、これは、一見すると社会科のようです。というのは、神戸市など地図上でいろいろと計画を立てますので。ところが、交通緩和という目標に対して、どのようにしたら交通流が最適なのかを調べるために数学の手法を使うといった、都市計画工学の分野がありますし、経営工学の領域もあります。また私が専門としている認知科学や認知心理学といった手法を使って、安全性について研究することもあります。認知科学をベースとして、海難事故などへの応用を研究することができますが、ベースとなっているのは、人間を情報処理のアプローチから考えようとするところから来ています。そして、統計学を駆使して実験を計画するわけです。学問の世界も日々発展しています。もちろん、高校で習った学問のイメージそのものといった研究や教育内容も多く、これらの個別の科学技術もこの学部で扱っています。しかし、それと同時に、学問と学問との境界領域が広がっており、それらも扱います。(国と国との交流を国際といいますが、このような境目の学問のことを学際といいます。)
海事科学は、学部全体としてみたときは、まさにこのような学際的な領域です。硬直した考えは役に立ちません。新しい発想が必要です。
このクラス担任の先生方同士もお互いに共同研究をして、複数のアプローチからテーマを探求しようとしています。
私たち基礎科学の領域では、科学の根本は、疑いから出発するのだと教育されます。ガリレイの時代から、理論やデータがあっても本当にそうなのだろうかという疑いの視点が必要です。それが、科学を進歩させてきました。現在の科学の進歩は早いので、なかなか最先端のところにいくまでのいろいろな基礎的な知識を身につけることに追われがちですが、最先端では、常に未知の領域に対するデータの吟味と疑いです。皆さんはまだまだ、1年生でこれから多くの事柄を吸収されていくと思いますが、最初の素人なりの素朴な疑問や観点を大切にしてください。
皆さんには視野を広くするために、幅広く学べるように、低学年の段階で、柔軟なカリキュラムを組んでおりますし、高校時代には習っていない分野も多くありますので、課程内容を知って、適性を考えて、課程選択ができるようになっています。将来、船員と関係のあるコースに進まれたとしても、ベースとなる研究の視点や他の学部からの複数の視点をもたれ、将来、大学院で勉強されたり、広く産業界で活躍されるように期待しています。
1期生である皆さんは、六甲と深江という二つの風土のなかで、いろいろと感じることが多いと思いますが、その体験を大切にしてください。進んで、いろいろな体験を行ってほしいということです。
先生方がいろいろなガイダンスを言いますが、特に実習に関係する科目については、積極的に参加してください。私たち教官は、それぞれ専門をもっていますが、この年になりますと、今から新しい体験を行うにはいろいろと限界があります。また新しい学問を知るというのも限界があります。
今になって振り返ると、新しい領域とのやり取りの中から、いろいろと刺激を受け創造的な仕事ができているのだなあと思います。体験をしているときは、直接そのことを感じることはできません。後で振り返って役に立ったことがわかります。
私たち教員もこれから、皆さんと接していきますが、さすが、1期生は今までの学生とちがうなぁと、いう感想を持ちたいと期待しています。スケールの大きい、個性豊かな、異なる観点からの視野を身につけてもらいたいと思います。
H.S.